信濃の国からこんにちは

三崎隆です。私たちは『学び合い』(二重括弧の学び合い)の考え方を大切にしています。

人としてどうなのか

 教育基本法の第1条には教育の目的が書かれています。「教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。」日本において,教育は人格の完成を目指して行われていることがよく伝わってきます。
 拙著「これだけは知っておきたい『学び合い』の基礎・基本」(学事出版)に書きましたが,完成を目指す人格ってなんだろう?という疑問がわいてきます。特に,子どもたちにはよく分からないことではないかと思うところです。そこで,私が出前授業等で子どもたちに直接話をする機会をもらったときには,それって人としてどうなの?ということを求められているんだよと語ることにしています。
 困っている人がいてそれを知ったとき,あなたならどうしますか?と子どもたちに問います。意図的に何もしてあげなかったり,あるいは見て知ったけれども知らないふりをしてそのときをすごしたり,したとしたら,それって人としてどうなの?自分が困ったときに何もしてもらえなかった人たちにとっては,誰かが困っているときに何かをしてあげようとは思わないのかもしれませんが,困っている人がいたら助けてあげるのは当たり前であるという文化の下で育って人にとっては,困っている人がいたら助けてあげたいものです。
 意図的に何もしてあげない段階をクリアして,助けてあげようと考え,判断し,行動を起こすことができるようになれば,第1段階は乗り越えているように思います。その次の段階に上がります。
 どのように助けてあげたら良いのでしょうか?いったい,助けるってどうすることなのでしょうか?自分にできることを一方的にしてあげることが助けてあげることでしょうか?命に関わることならば,待ったなしでしょうが,そうでない場合には,また考えます。次の段階です。
 常に,それって人としてどうなの?と問い続けます。それは,自分に対してであったり自分の周りのお友だちや同僚であったりします。常に問い続けます。それって人としてどうなの?と。『学び合い』の考え方は,子どもたちの人格の完成を目指します。