信濃の国からこんにちは

信州大学教育学部の三崎隆です。私たちの研究室は『学び合い』(二重括弧の学び合い)の考え方を大切にしています。

小学校の理科の授業に

 小学校の理科は帰納的に授業を進めることが多くあります。一つ一つの事実を見つけてそれを集めて分かったことを洗い出してきまりを結論づける流れです。教科書を見ると,最初の疑問が書いてあります。当然のことながら,最後のまとめも書いてあります。一つ一つの事実を見つける前に,最後にまとめるべききまりが分かります。教科書を見れば分かります。
 みんなでみんなができるためには,それが必要であることを疑うことはありません。よく言われますが,45分でみんながきまりを発見することができるのでしょうか?観察の理論負荷性に依れば,理論によって観察が成り立つのです。
 理科人としてはちょっとひねってみたくなります。ひねってみたとしても何も変わらないことは重々承知の上で,ちょっとひねって演繹的に授業の流れを工夫してみます。もちろん,教科書に全部書いてあるのですが,それでも帰納的に進める流れと演繹的に進める流れではこどもたちへの印象がちょっとだけ異なるでしょうから,戸惑いも生じるのではないでしょうか。
 教科書の最後に書いてあることを,敢えて見せておいて,「どうして,そう言えるの?」と問うてみたいのです。

 

科学技術のすごさ

 報道によると,中国では入国時には例外なく2週間の隔離がなされているそうです。香港から広州に移動した記者の方も2週間の隔離が必須とのことでした。食事は,防護服を身につけた職員の方がドアの外にある台に置いていってくれるので3食それを食べているそうです。外に出ることも禁じられ,買い物もできません。
 幸い,お菓子を注文することができるので注文してみたら,ロボットがドア前の台の上まで運んできてくれたそうです。そして,子どもの声で「私のサービス喜んでくれた?いいねつけてね」としゃべって行ったとのこと。科学技術の凄さが伝わってきます。

 

 次の出前授業も同期型オンラインです。次の出前授業は小学校第6学年理科の単元「水溶液の性質」(全11単位時間の第5時)です。教科書は楽しい理科6年です。送ってもらった資料から本時の目標を「水よう液には酸性,中性,アルカリ性がある。塩酸と炭酸水は酸性の水よう液,食塩水は中性の水よう液,石灰水とアンモニア水はアルカリ性の水よう液である。全員が,そのように言える理由を実験結果を使って,クラスのみんなによく分かってもらえるように分かりやすく,自分の言葉で説明することができる(知識及び技能)。」としました。
 ①どのような評価をするのか(何も見ないで誰にも聞かないでまとめること),②評価規準(確認テストができること),③いつ評価するのか(授業の最後の10分(授業の時には「◎時◎分」と板書します)になったら始めること)は,活動する前に子どもたちに明示します。誤解されないように言わせてもらえば,『学び合い』ですから,確認テストをしなければ『学び合い』ではないということではありません。

 

どの観点に対応するのかを明示

 学習指導要領が,小学校は昨年度から全面実施となり中学校は本年度から全面実施となりました。それを踏まえて,本年度からの『学び合い』ライブ出前授業では,目標を設定する際に,学習状況の3観点の知識及び技能,思考力,判断力,表現力等,学びに向かう力,人間性等のいずれに相当するのかを明示することにしています。
 現時点ではあくまでも教師用としての提示ですが,評価の重要性から,いずれ近いうちにこどもたちにも提示したいと考えています。今日の授業を受けて目標を達成することによって,自分にどのような力を身につけることができるのかを知ることは将来の自分を思い描く上でとても大切なことです。
 『学び合い』の考え方の場合,全員の資質・能力の育成を図っていますから,なおさらのことと言えます。

 

決断するのは自分

 アメリカの野球の大リーグでは,選手に対して監督やコーチがアドバイスはするが,決断するのは本人であるという指導方針であることを聞いたことがあります。さまざまな指導は受けるようですが,最終的には本人が決めることが浸透しているようです。そこには,自分で考えて納得できるものであれば判断を下して,実際に行動を起こす過程が存在していると判断できます。
 プロの世界なので,そのようになっているのかもしれませんが,考えてみると学校現場もそれと同じではないかと思うところです。教師から種々アドバイスがありますが,それが自分にとって有効でかつ有用であるのかどうかをまず自ら考えて納得できるものであれば自ら判断を下すことができるでしょう。そうなれば,実際に行動してみて期待できる結果がもたらされなかったとしても納得できるものです。
 何が不足しているのかはその時点でまた考えることができます。結果が出た時点でのリフレクションは必須です。いきなり,プロの世界と同じことを求めるのは無理がありますから,それを授業の場で試みていく機会にすることが肝要です。結果が出た時点で教師からの適切なアドバイスを受けることもできるからです。『学び合い』の考え方です。

 

学ぶこととは

 自分の考えは相手に伝えます。しかしながら,それは自分の考えであって,聞いてくれている相手の考えではありません。だからこそ,相手が納得するかどうかを尋ねます。「すっきりしましたか?」と。自分の考えを相手に一方的に伝えることがあったとしても,相手が納得しなければ,相手にとっては腑に落ちませんし,目からうろこにはなりません。理解できないまま終わってしまう結果になることは自明です。情報を伝えることが教えることであるとするならば,伝えた情報に納得することが学ぶことであると言えます。教えたとしても学んでいなければ仕方ないことではないでしょうか。
 答えを伝えます。しかしながら,それはそのときの答えであって,換言すれば条件制御された一定の条件の下での答えであって,条件が異なれば答えは変わります。この答えをどのようにして導き出すのかに納得できなければ,条件が変化したときの答えを導き出すことはできません。だからこそ,相手が納得したかどうか尋ねます。「すっきりしましたか?」と。本当にすっきりして納得したのであれば,条件が変わっても支障はないはずです。では,力試しをやってみましょう。どのような条件であった他としても納得しているのであれば,結果は出ます。答えを伝えることが教えることであるとするならば,条件が変わっても答えを出すことができるのが学ぶことです。

 

一緒に授業づくりする作業は楽しい

 自分の意図していることを相手に理解していることはなかなか難しいことです。どんな質問が来たとしても,それに対して相手に分かってもらえるような分かりやすい説明をしなければなりませんから,余程,自分自身がよく理解していないことには相手には説明することさえできません。
 それは,どのようなことにも当てはまることではないかと思います。卒業研究だけではなく,授業づくりでも同じことです。どのような授業をしたいのかを,知らない人に分かってもらうためには自分自身がよく分かっていないことには説明できません。質問されたときにしどろもどろになってしまったらだめなことはお分かりいただけることと思います。
 よく知っている誰かが側にいてくれて,自分が分からなくなったらその人に代わりに答えてもらうことができれば良いのですが,そのようなことは授業づくりに関しては当てはまりません。自分が授業をするのですから。
 授業づくりに関して,相談に乗ることがありますが,一緒に授業づくりを進めていきます。その授業について答えるのは,私ではなく,授業をするその人なのですから,その人が答えられるようにならない限り,授業はできません。一緒に授業づくりを進めるとは言っても授業を実際にするのはその人ですから。
 だからこそ,必ず聞き返します。「どうですか?すっきりしました(納得できました)か?」と。「(初めての人から質問されたら,)一人で説明できますか?」と。「こう聞かれたら,反論できますか?」と。それは実は,『学び合い』の考え方なのですが,一緒に授業づくりをしているあなたは分かっていますか?授業における子どもたちの学びも,実は同じことなんです。
 一緒に授業づくりする作業は時間がかかって大変な道のりですが,充実した楽しい時間を過ごすことができます。