信濃の国からこんにちは

三崎隆です。私たちは『学び合い』(二重括弧の学び合い)の考え方を大切にしています。

当たり前のことを当たり前にすることの素晴らしさ

 私たちは,何か事を成そうとするときには準備にかける時間と労力は膨大なものがあります。しっかり準備をして本番に臨みます。特に失敗が許されないような事の場合にはなおさらです。その一方で,その事が終わった後の,後片付けはあまり力が入らないことが多いようです。達成感,満足感,充実感で心満たされ,その後のことまで意識が向かないからかもしれません。修学旅行などは家に着くまでが修学旅行だから最後まで気を抜かないように気をつけて帰りましょうとよく言われます。準備には力を込めるが後片付けはおざなりになりやすいのです。
 先日,学部の講義で,小学校の教科書を使って14のグループに分かれて授業作りに挑戦してもらう機会がありました。こちらは,各グループでの議論が進むように,教科書を14セット(6社のメーカーのもの)用意しました。小学校第3学年の教科書を一番上にしてその下に小学校第4学年の教科書,その下に小学校第5学年の教科書,一番下に小学校第6学年の教科書を積み重ねて,教卓前のテーブルに14セットを並べておきました。上から順に第3学年,第4学年,第5学年,第6学年の教科書が順番に並んでいる状態です。
 14の各グループがそれを1セットずつ持って行って講義の最後には,戻してもらうのです。一般的には,これまでの私の経験からすると,使った教科書を戻すときには,バラバラで戻ってきます。どの学年の教科書がどの位置になっているかはそのグループに依存しますし,背表紙が右を向いているか左を向いているかもそのグループに依存します。つまり,14あれば14ばらばらの戻され方をします。戻ってきた後で,私がそれを元の状態にそろえて戻します。それが経験上,普通であったものです。
 ところが,先日の講義においては,すべてのグループ,つまり14のグループすべてが最初にあったままの状態,つまり上から第3学年,第4学年,第5学年,第6学年の順に教科書が背表紙を左にそろえて戻されました。例外は1グループもありませんでした。正直,びっくりです。借りたものはその状態のまま返すのは当たり前であるという文化で育った人間には,それが当たり前なのですが,その当たり前が当たり前でない状況に至らないことが珍しい昨今の下,素晴らしいことであると一人感嘆しています。
 64人もいて14もグループがあって,私が何も指示していないですし返し方については何もしゃべっていない状況の下,彼らの判断と行動だけに依存するものですから,その価値は高いと考えます。当たり前のことを当たり前のように何気なくする,彼らの素晴らしさを垣間見ました。彼らから大きなプレゼントをもらった気がします。受講生のみなさん,ありがとうございました。