信濃の国からこんにちは

三崎隆です。私たちは『学び合い』(二重括弧の学び合い)の考え方を大切にしています。

折り合いをつける

 知っている人であっても知らない人であっても,その人と折り合いをつけることは難しいことです。自分には自分の履歴があってその履歴の背景となる大切な文化があり,それに基づいて自分の判断で自分の考えを持っていて,自分には自分のこだわりがあり,好き嫌いや興味・関心度があり,自分のルーチンがあるからです。それは譲れません。そのような自分のエリアに何も知らない人がずかずかと入ってきたら,それは折り合いなど付けようがなく,怒り心頭になる気持ちは良く分かります。私もそのような経験を何回もしてきましたから。

 しかし,です。よく言われることですが,私たちは一人一人が違っていて当たり前なのです。そのときの怒りはよく分かりますが,冷静になって考えてみれば,その人にもその人の背景があり考えがあり,そのような発言や行動を起こす理由が何かしらあるはずです。そう考えれば,お互いに何か折り合いを付けることのできる余地を見つける協働作業をすることができる可能性が残されているように思われます。校長室があるのは,校長が冷静にものごとを考え判断し,行動できるようにするために,一人で頭を冷やす冷却期間を置くための空間であると言われます。なるほどと思います。

 折り合いを付けるためには,つまり折り合いの付け方としては,自分の考え,判断,こだわり,好き嫌い,興味・関心等々をすべて譲れとは言いませんから,その中から優先順位を付けて一つ相手に譲ってあげることができないでしょうか,相手も同じようにすべての考え,判断,こだわり,好き嫌い,興味・関心等々の中から一つ譲ってもらえないでしょうか。

 そうすれば,自分も一つ譲り,相手も一つ譲ってフィフティ・フィフティです。冷静に考えてみて,二つ譲れたり三つ譲れたりしたら素敵です。

 その意味においては,日頃から自分の考え,判断,こだわり,好き嫌い,興味・関心等々に優先順位を付けておく練習をしておくとよいのかもしれません。やってみませんか。それをいつやるのでしょうか。大人になってからでしょうか。大人になってからでもできるでしょうが,折り合いの付け方を身に付けるまでに時間がかかります。幼少の頃から繰り返し,違っていて当たり前のいろいろな人達と経験しながら,どうやったらよいのかケース・バイ・ケースの体験を積んでいくことが肝要です。

 『学び合い』の考え方はそれを実現させる試みです。

 『学び合い』の考え方の良さです。