鉄と硫黄の化合実験はやっかいな実験の一つです。
理由の一つは安全性です。空気の混入を遮断しないと爆発的な反応が起きて危険である点,有害な硫化水素が発生して危険である点です。理由のもう一つは,磁性に関する実験結果です。今日は後者の話題です。理論的には,鉄と硫黄が化合すると硫化鉄が生じます。Fe+S→FeSです。Feは鉄,Sは硫黄です。化学反応式の上では,FeS以外は生じないことになっています。したがって,磁石を使って実験をすれば,反応前の物体(鉄です)は磁石に引き寄せられます。一方,「反応後の物体」は磁石には引き寄せられないはずです。ここでは,鉄と硫黄を化合させて生じる反応後の物体を,硫化鉄と書かず敢えて「反応後の物体」と書きます。
それには理由があります。
硫化鉄は磁石には引き寄せられません。しかし,実験によって鉄と硫黄を化合させた「反応後の物体」は磁石に近づけると,何度やっても引き寄せられます。どのような粒度の鉄粉を使っても,鉄粉と硫黄粉の質量配合をどのように変えても引き寄せられてしまいます。どのような磁力の磁石を使用しても引き寄せられてしまいます。教師としては困ります。教科書には,鉄と硫黄を化合させると硫化鉄ができると書いてあります。化学反応式はFe+S→FeSです。磁石に引き寄せられないはずの硫化鉄ができているはずなのですが,磁石に引き寄せられるからです。
どの教科書会社も鉄と硫黄の化合実験で,磁石の実験をする時には,このような結果が生じるので,「磁石に引き寄せられるかどうか」を観察させることはしていません。「磁石への引き寄せられ方」を観察させています。つまり,平易な言い方をすれば,磁石につくかどうかを調べるのではなく,磁石にどのようにつくかどうかを調べることを求めているのです。反応前の物体(鉄です)はすぐに(勢いよく)引き寄せられます。一方,「反応後の物体」は勢いよくは引き寄せられません。ゆっくりです。引き寄せられることは引き寄せられますが,反応前の物体(鉄です)とは明らかに違いが認められます。この鉄と硫黄の化合実験では,反応前の物体と「反応後の物体」が異なっている証拠を発見させることが目標なので,これで十分目標は達成できます。
若い先生方の中には,実験によって生じる物体は硫化鉄なので,硫化鉄は磁性を持たないので磁石には引き寄せられないものだと自動化してしまっていると,このような実験結果が生じると慌ててしまう人がいても不思議ではありません。実は,調べてみると,鉄と硫黄を化合させた時に生じる「反応後の物体」は硫化鉄も生じますが,それだけではないようなのです。「反応後の物体」をX線分析にかけてみると,鉄の硫化物Fe(1-x)S(天然には磁硫鉄鉱。Wikipediaによると磁性を持つがその強弱はものによって様々である)が生じています。Fe(1-x)Sが磁性を持つのです。鉄と硫黄の化合実験をしてみると,どのようにやってもFeSとともにこのFe(1-x)Sが生じてしまうために,「反応後の物体」には磁性を生じてしまうのです。だから,磁石を近づけると反応前の物体(鉄です)も磁石に引き寄せられますし,「反応後の物体」も磁石に引き寄せられる結果となるのです。
若い先生方への引き継ぎです。
1)鉄と硫黄の化合実験をする際には,磁性実験だけではないので間違えないとは思いますが,念のため,磁性実験だけから「反応後の物体」が硫化鉄だとは断定できません。あくまでも,希塩酸との反応等との総合的な結果から断定をしなければなりません。
2)教師を悩ませる問題となる磁性実験ですが,反応前の物体(鉄です)と「反応後の物体」の磁性を調べさせるときには,「磁石につくかどうか」ではなく「磁石にどのように引き寄せられるか」に注目させて実験させることがコツです。
3)「反応後の物体」はFeSとFe(1-x)Sの混合物です。
(http://manabiai.g.hatena.ne.jp/OB1989/20070428→閉鎖されましたのでここに再掲します)。「三崎隆:鉄と硫黄の化合によって生成する物質の磁性に関する基礎的研究,科学上越,17,28-33,2001.」