信濃の国からこんにちは

信州大学教育学部の三崎隆です。私たちの研究室は『学び合い』(二重括弧の学び合い)の考え方を大切にしています。

日本一の学校

 早朝からの出張のため更新が遅くなりましたが,今日は長くなります。
 全校で『学び合い』の考え方を大切にして授業実践に取り組んでいる日本一の学校にお邪魔してきました。異学年での『学び合い』の授業に取り組んでいる先進的な学校の授業にご一緒することができ感激して帰ってきました。実にエクセレント!です。校長先生はじめ先生方の『学び合い』の考え方の共有度,本気度が素晴らしい上に,子どもたちの学びが感涙させられるほどの素晴らしさです。興奮冷めやらず,筆舌に尽くしがたいです。機会をくださった校長先生に心から感謝いたします。本当にありがとうございました。
 この学校は小学校ですが,日本一の『学び合い』学校と断言できる根拠を示します。順不同です。
・全校で『学び合い』の考え方に共感して取り組んでいて,子どもたちの共有し成果を上げていて,学習指導案は全員全クラス『学び合い』で,それも凹凸がなく質の高い均一性が保持されている。
・したがって,どのクラスを参観しても,王道の『学び合い』の考え方を先生と子どもたちが共有していて,『学び合い』授業を見ることができる。
・校長先生に依ると,第2学年のクラスは先生いなくても朝の会を進行しているが,通り一遍の形式的なものではなく,質が高い上に,先生がいなくても子どもたちが先生に言われたわけでなく率先して『学び合い』授業をしている。まさに,かつての長野県内であった自習で『学び合い』である。
・授業は,先に紹介したとおり,どのクラスもどの先生の授業も,全員の目標達成を第一に一人も見捨てない教育が推進され,めあて,時間設定,時間管理,ヒントカードやできた人コーナーが板書ないしはフラッシュカードで示されていて,声かけは「いいんだよ」である。子どもたちの力を信じて任せていることによって,子どもたちの自由な自主選択が様々な場面で保証されている。
・高学年の子どもたちは「(自分たちでできるから)先生,可視化しなくても良い」と言うほどの『学び合い』度である。
・分からないことを分からないとお友達に言える文化を持ち,その文化をしっかり受け止めることのできる子どもたちがいて,次から次へと分からない子どもたちを救おうと関わり続けている。
・「最後にできればいいんだから」と言える子どもたちがいて,その文化を共有できる集団が存在する。
・分かったふりをして,分かったつもりのまま,終わる子がいない。自分が納得するまで何度でも質問し続ける文化がある。これは素晴らしい。『学び合い』の考え方の真骨頂である。普通の授業ではあり得ない(実はこの点に関しては,6月におじゃましたこの学校の隣の学校でもそうでした)。
・どこに先生がいるか分からないほどの,わいわいがやがやの実に素晴らしい子どもたちの学びが生起している。
・異学年の『学び合い』をしているが,学年を問わない。昨日は,1・2年の異学年『学び合い』と3・4年の異学年『学び合い』と4・5・6年の異学年『学び合い』が公開された。いずれも質が高く,どれを参観しても当たりのエクセレントである。
・どの学年との異学年『学び合い』もできる学校である。もちろん,全校『学び合い』もできる。通常の年間カリキュラムの下で行われているというから,驚きを超えて敬服する。
・昨日公開の『学び合い』教科は,算数にとどまらず,道徳の時間,保健体育,国語,生活科とバラエティに富んでいて,私が実践したことのない保健体育と生活科が先に越されたほどである。保健体育,生活科を含め他の授業についても,いずれも見事な見応えのあるエクセレント授業であった。
・子どもたちによるアンケート調査結果を基にして,一人も見捨てない教育のパネルが作成され,全教室に掲示されている。その中に,「みんなで分かるために,みんなにできること,自分にできること」の文言がある。完璧すぎて見本にしたい。
自治体の指導員訪問で,卒業した子どもたちの活躍の様子が画像で取り上げられるほど,『学び合い』の考え方が子どもたちに共感されている。
・教室の正面掲示から,「分かる子は分からない子に教えてあげよう。分からない子は分かる子に教えてもらおう。そして,みんなができるといいね」に感涙する。
・別の教室の正面掲示から,「一人も見捨てない。全員が分かるまで教え合い助け合い,全員で一緒にやってみよう」に感涙する。
・別の教室の正面掲示から「分からなかったら教え合い助け合ってみんなが分かるまでみんなで一緒にやってみよう」「みんなはどう思う?,どうしてそう思ったの?,たとえば?ほかには?,どこの言葉からそう考えたの?,へえそうなんだそれから?,なんでその考えになったの?,納得した!,どういうこと?(教えて),よく分かったよ,この説明から分かったよ。」に感涙する。
・別の教室の正面掲示に,魔法の言葉が書かれていて感激する。
・子どもたちから問われた先生が,「まわらなかったらどうしたらいい?」「分からなかったらどうしたらいい?」と応える対応に涙する。これは『学び合い』の考え方の真骨頂である。頭では分かっていても実際にその場で子どもたちがきたら,なかなか言える言葉行動できる所作ではありません。私にはできないことです。これができるのならば完璧と言えるだけに,その素晴らしさが際立ちます。私にはできません。
・この学校のすべての学年のすべての学級の子どもたちの授業中の姿は,先生の指示によるものではなく,自分で自分たちで考えて判断し,行動している自主的主体的なものである。どの子どもたちの発言,行動も,一つとして先生に言われたものはなく,すべて先生に言われた行動でないところが筆舌に尽くしがたい。
・模造紙に書いた課題を,活動後半に半分に折り込んでいる(これが意味する凄さは分からないかもしれません)。
・自由に何回でもだれでもいつでも使っていいんだよの『学び合い』の紙(と呼んでも良いような)が使われている。
・リフレクションでの語りが手本にしたいほど素晴らしい。
・11月に社会科の指導員訪問があるそうだが,エキスパートの一人が『学び合い』の考え方で学習指導案を作り,『学び合い』の考え方で授業をされる。(私から,そのエキスパートに贈りたい言葉は「遠慮しなくていいんだよ。」である。)
・昨日は,近隣の3校の校長先生とご担当者のみなさまはじめ自治教育委員会指導主事のみなさまが来ておられて,授業を参観された。
・何より,すべての先生方の(本当に一人残らず)『学び合い』の考え方に正対し,実践し続ける真摯な姿が素晴らしく,感銘を受ける。
 以上,これでも私の見た,聞いたほんの一部のことをご紹介したに過ぎません。参観できなかったりご紹介し足りなかったりしているところがあって心苦しい限りです。学校として,先生方のご尽力に心から敬意を表します。いかがでしょうか。一度,この日本一の学校を参観してみたいと思いませんか?


 最後までご覧くださりありがとうございました。